日記雑記

ボクがブログを始めるまで

2020年5月29日

ブログ2

ブログ2

このブログタイトルをこれまでのnnblogからPVゼロから始めるブログ生活に変更したことに伴い、超ブログ初心者による超ブログ初心者のためのブログとして内容を少しずつ変更していきたいと思います。

そのためにも、これまでのボクの行ってきた言動をご覧頂ければ、ボクよりブログ初心者がいるわけがないと納得していただけるはずです。

つまり、このブログを閲覧している方は、ボク以上にブログの知識、経験、能力があるので、自信をお持ちください。

ボクの経験談をみれば、これ以下の方はいないはずなので、安心できるかと思いますし、当たり前過ぎて気づかなかったこともこのブログにおいて記載しているかもしれません。

 

それでは、時間を少しさかのぼって、ボクがブログを始めようと思うまでの話を紹介していきたいと思います。

幼少期から大学3年まで

ボクが大学卒業してから会社に入社したのは、2000年4月です。

20年前です。このブログをご覧くださっている人は、まだ生まれていないという方もいらっしゃるかもしれません。

ボクは、元職にはじめから入社したかったというわけではありませんでした。妥協でした。

そもそも、ボクは就職活動のときベンチャー企業ばかり受けていました。

ベンチャー企業の中には、ABEMAテレビを運営しているサイバーエージェント、当時はまだ設立1年目でした、に行き、学生のくせに生意気にも、藤田社長に対して、「ベンチャーベンチャー言ってますけれども、それほど能力あれば、大企業いって、能力を活かせばいいんじゃないでしょうか。」なんて直接話していた記憶があります。もちろん、そのような発言と、態度から落ちちゃいましたが。

その他にも、あまり有名ではありませんが、今、かなり大きくなっている上場企業なども企業訪問してしました。

なぜ、それほどまでに、ベンチャー企業が好きだったかといえば、自分の家が商売をやっているということと、小学4年生ごろ、ゲームソフトを秋葉原に行って、安く買ってきては、速くクリアして、なるべく高値で売るというようなことをしていた経験もあります。

そもそも、電車の中で多くのサラリーマンが、死人やロボットのように動いている光景をみて、「あのような人間にはなりたくない」と幼心に焼き付いていました。

ベンチャー企業や、小さくても良いから、リスクをとって、自分で独り立ちして前を向いて歩んでいくという姿勢には、本当に感動していましたし、公務員や公共法人の人間のような機械やロボットのような生活を送ったら、頭と身体がおかしくなる❗と学生時代、常に主張していました。

そんな心から思っていた主張とは正反対のまさに公務員以上に公務員のような公益法人に入社することとなります。

 

就職活動に当たって

ボクは、常にベンチャー、もしくはSEなどになりたかったのですが、SEの就職活動はほかの業界と比べて速く、大学3年生の11月頃から開始されていました。ボクは、大学3年生の2月ぐらいから就職活動を初めたのですが、ときは既に遅く、SEに関係する会社は限られていました。

それでも、とりあえず、SEか、ベンチャーと思っていたボクは、様々な会社の入社試験を受けてますが、ことごとく落ちてしまいます。

特にSEになるためには、「適正検査」というものがあり、これを合格しなければなりません。

ボクは、同一のことを何回も行うことが嫌で、コンピュータやロボットができるようなことをなんでやらなければならないのか、ということで、適正検査をマジメに受検しませんでした。

就活生が同じ部屋に一同に介する姿も異様で、どこかカルト団体の集会のようだなと、遠巻きに思っていたほどでした。

もともt,ベンチャーに行きたいというのも、SEになりたいというのも、最終的な目的は、独立です。

入社して、コツをつかんだら、2−3年でとっとと独立してしまおうというのが、ボクの学生時代からの思いでした。

ただ、そうこうしているうちに、時間は有限です。

ダラダラと就職活動をしているわけにはいきません。

ベンチャー企業、SE企業の採用試験も、次々を終了していきます。

結局、端にも棒には引っかからなかったボクは、「経済学部経済学科」ということで、金融機関やその周辺に手を伸ばします。

今思えば、これがイケなかったのかなと思いますが、仕方ありません。

それと同時に、大学の成績だけは良かったということもあり、大学院進学も考えており、大学院受験も並行して行っていました。

 

元職との出会い

大学4年4月もすぎると、就職試験を行う企業も一気に減少していきました。

非常に焦りました。門戸がどんどん閉ざされていく。周囲は次々と就職が決まってしまう。そうした状況に異常な焦りを感じてしまいました。

仕方なく、ボクが批判していた公務員、公益団体系に受けてみるかと受けてしまいました。その結果、合格したわけです。

悩みました。非常に悩みました。99%の妥協の産物ではありましたが、そこに決めましたが、非常に悩んでいました。

他にも内定をもらったところはありましたし、大学院進学も合格していました。

また、大学の恩師(内閣の要職となる方)からも、内部進学ではなく、某大学大学院進学の推薦状書くとも言っていただきました。ちなみに、その方に元職の会社に行くと告げたところ、「辞めたほうがいい」との返答がありました。他の恩師にも同様の返事があり、就職するかどうかを悩んでいました。

その後も、内定を取り消すかどうかを非常に悩み続け、妥協して、入社することになります。

思えば、ベンチャー起業家になりたいということであれば、就職しないまま、大学院進学をし、起業家になるという選択肢もあったかもしれません。

周囲の動向に流されてしまったのは、間違っていたと感じます。なので、今、こうして、無理矢理にでも独立することができてよかったと思います。

まさしく、学生の頃に戻って、ゼロからやり直そうと思っているのです。

 

入社してからの暗黒時代

内定を取り消そうか悩んでいたところでしたので、内定式に出席するも、これまで、そうした式に遅刻したことはありませんでしたが、人生で初めて遅刻してしまいます。自分自身も非常に困惑しました。

おそらく、頭ではなく、身体がその会社を拒否していると直感しました。

しかし、内定式に出席してしまった以上は、後に引くことはできません。

その後、2000年4月に入社するのですが、入社して1か月で、身体に異変が生じます。

ぜんそくのような、長期の咳など、これまで発症していなかった病に侵されます。

それから、病に侵されたまま、徐々に病が進行していき、2000年12月には、倒れてしまいます。

このようなエピソードがあってから、会社を辞めるという選択を行うことができるほどの、身体の状態とならず、病が良くなったり悪くなったりの繰り返しで、ほぼ機能しない状態が続きました。

このような暗黒時代が入社から10年間続きました。

2007年、日記にも綴っていましたが、2012年より、この病が改善する。と予言していました。

この予言のとおり、2012年から飛躍的に病の状況が改善し、ようやく、2020年、学生時代の状態まで改善したのです。

 

ブログの神様マナブさんとの出会い

入社してから退職するまで常に「退職したい」と願っていました。21年間、内定してから常に、退職したいと願い続けていました。

そうした自分の願いと重なったのかわかりませんが、YouTubeを何気なくみていたら、ブログの神様マナブさんの動画に出会い、彼が「会社は病気になってまで行く必要はない。辞めたほうがいい。」との言説に共感しました。その当時は、これは、明らかな「ポジショントーク」であり、彼が視聴者のことを思ってではなく、彼の事業にとって、会社から辞める人が必要だから言っているとは当時は思っていませんでした。

このポジショントークについては、別の機会に解説します。

そうしたことも手伝って、漠然とした「起業」と言っていましたが、ブログ生活をはじめてようかなと思いました。

 

ブログの神様マナブさん学習教材を購入する

マナブさんのことをなぜ、ブログの神様というかといえば、ブログだけで、月500万円以上稼ぐといわれているわけです。

それも非常に短い間です。3−4年でしょうか。

2020年1月、そういうことを受けて、とりあえずは、とマナブさんの学習教材を購入します。

これで、ブログ生活初めてみようかなと思ったわけです。

 

2020年3月、会社を退職してブログ生活を始める

2020年3月、いよいよ会社を退職します。

実質的な仕事の終わりは、2月初旬でした。

なので、名目的な退職日が3月であって、本当の退職は2月でした。

2019年11月より、変な咳をずっとしていたのですが、会社に行かなくて良いとなった瞬間に治ってしまいます。

身体の反応というのは素直なものです。

頭の中だけではなく、身体の反応にも「会社に行きたくない」という思いが反映してしまうのです。

その後、ブログ生活をすぐに始めることはなく、まずは、部屋の掃除から初めます。

部屋の本格的な掃除は、約40年近く行っていません。

もともと、家族の物置部屋のようなところで住んでいたので、目の前には雑貨、ゴミ、要らなくなった机、椅子、そのようなものがごちゃごちゃしていて、部屋が10畳のうち、実質的な生活スペースは、1.5畳でした。ほとんど、目の前にテレビがあって、布団があるという状態です。

このような状態では、精神衛生上も、健康にも良くないと思い、40年以上の膿とほこりをおとそうと一大決心します。

ゴミは10トン近くでたと思います。ゴミしかない部屋でしたので、ゴミ屋敷のような中で暮らしていました。

この掃除が終わったのが、2020年4月上旬でした。

その後、部屋の掃除で発生したゴミを次々とヤフオク、メルカリを通じて出品、売却したところ、3週間で、25万円近くとなり、これからの軍資金として使用できるなと思いました。

そして、

2020年5月11日、とうとう、ブログ生活を始めるための行動にうつりました。

 

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